雑記

【警鐘】そのビジネスフレームワーク、バグってない?

今回は、ビジネスフレームワークに潜む重大なバグを指摘します。

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この記事を読むと、意識高い系をまとめて燃やし尽くす火炎放射器が手に入ります
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そうやってすぐ5倍ぐらいに誇張するのやめなさい

そもそも、ビジネスフレームワークとは

この話を始める前に、まずは「ビジネスフレームワーク」についてお話をしましょう。


「PDCAサイクル」という言葉を、聞いたことがあるでしょうか。
おそらく、今日本で最も有名なビジネスフレームワークだと思います。
(岡崎体育氏の曲名にもなっているぐらいですから)

もしくは、経営系をかじったり、社会人一年目になったりする人が、急に長ったらしいカタカナだかアルファベットだか分からん用語を言いたがる現場、見たことがあるでしょうか。
そうした用語はだいたい、ビジネスフレームワークです。

ビジネスフレームワークとは、「ビジネスなどの現場で、問題を解決するための思考ツール」のことを言います。
先ほどのPDCAサイクルは、「何かを作ったりするときに、計画(Plan)を立てて、実行(Do)して、計画通りに行ったかチェック(Check)して、計画通りになるように修正(Adjust)し、新たな計画(Plan)に基づいて実行(Do)…ってのを繰り返せば、どんどん効率が良くなるよね」という考え方を意味します。
長々と説明するのが面倒くさくなるので、アルファベットで短縮してPDCAと呼ぶわけです。


ビジネスフレームワークは、こんな感じで世の中に広まります。

  1. コンサル会社や大学教授が作る
  2. コンサルはフレームワークを使ってプレゼンし、大学教授は論文にして発表する
  3. プレゼンや論文を知った会社が活用する
  4. 噂で聞いた他の会社も活用する
  5. ある程度有名になったらインターネットにも上がる
  6. 聞きかじった一般人が使い出す

マッキンゼーやBCGなどのコンサル会社、ハーバード大学やスタンフォード大学などの教授が、ビジネスフレームワークをよく作っています。

また、業績の良い会社が外部から研究され、フレームワークになることもあります。
最も有名なのは、トヨタ自動車を対象とした研究でしょうか。
「なぜなぜ分析」や「改善」「ムダ」などの用語は、トヨタから広まることで重要な意味を持つようになりました。

こうしたビジネスフレームワークは、作成から普及まで十年や二十年以上の時間をかけて、ゆっくりと広まっていく性質があります。
知った人が実際に使ってみて、よかったら他の人に勧める…という手続きを踏まなければならないので、「実際に使う」という手続きの分、広まるのが遅くなるのです。
また、社外秘であったり、使い方が伝えづらかったりした場合は、広まるのがさらに遅くなるでしょう。

ここで考えてみたいのは、我々が手にするビジネスフレームワークは、十年や二十年以上前に作られたものである、ということです。
もしあなたがコンサル会社や経営大学院との濃密な接点があるなら話は別ですが、大体の場合、先に示した普及の流れの「4~6」の位置に我々は立っています。

この「十年以上の時差」が存在するために、重大な問題が発生しているのではないか。
これがこの記事で伝えたいことです。

以下、ビジネスフレームワークをフレームワークと略記します。

フレームワークの正体

フレームワークに潜む重大な問題を指摘する前に、フレームワーク自体はどういう性質を持っているのかを確認しておきたいと思います。

キーワードは、「暗黙知↔︎形式知」と「抽象↔︎具体」です。

我々は世界を抽象化し、暗黙知を手に入れる

世界と人間、抽象化と暗黙知の関係

図では、「人間が世界をどのように捉えるのか」を簡単に示しています。

我々は世界の上に存在し、世界から影響を受けながら生きています。
例えば毎朝7時に駅へと歩いていくとして、アスファルトと革靴の接する硬さだったり、頰をなでる風だったり、太陽高度の低い朝焼けを見たりするのです。
こうした影響は、全く同じものが一つもないにも関わらず、我々は同じような脳内のイメージで捉えてしまいます。
例えば、3月30日の朝焼けと10月2日の朝焼けは全くの別物かもしれないのに、同じ「朝焼け」のイメージで記憶してしまうのです。
こうした動きを「抽象化」と言います。人間の脳は、人間が受けた影響全てを保存することができないので、抽象化によってある程度まとめて保存するのです。

こうして我々は、世界を抽象化することで知を手に入れます。
でもそれは、まだ言葉にできていない知、「暗黙知」です。

暗黙知を形式知にする

暗黙知が形式知になる様子

上の図では、さらにもう一段階、「言語化」という赤い矢印が加わりました。
それに伴って、「形式知」という領域が発生します。

形式知とは、暗黙知を言葉によって表し、言葉を通じて他の人も理解できるようにしたものを言います。
先ほどの例でいえば、自分が最寄駅へ向かう下り坂から見た2016年3月30日7時5分の景色を「朝焼け」という言葉にする、これが言語化です。
抽象化をさらに1回行うので、暗黙知よりは大雑把になるという性質があります。

形式知における抽象-具体スペクトラム

この形式知の中でも、より抽象的なものとより具体的なものへと分かれます。

形式知の中でも、抽象具体のスペクトラムが存在する。

形式知の中で比較的具体的なものが、「記述・記録」です。
実際の世界にあったことをなるべくそのまま記述したものがこれに当たります。
自伝やケーススタディ、エピソードなどがここに該当するでしょう。

そこから徐々に抽象度を上げていくと、性質やモデル、フレームワークなどがあります。
「〇〇ってこうだよね」という認識は、「〇〇」に関する膨大な記述や記録の元に成り立ちます。
そこからさらに上に行くとパラダイムが存在します。
本記事では深く言及しませんが、モデルの巨大版だと思ってください。

こうした形式知の抽象度は、図のようにグラデーションを描きます。
ですので、モデルが性質より絶対に抽象的だとか、フレームワークはモデルがないと抽象化できないという訳ではありません。
ただなんとなく、抽象的なものが多い、具体的なものが多いというのを感覚的に並べたにすぎません。そしてもちろん、図にのせた以外にも形式知の種類はたくさんあります。

そうした関係の中で、フレームワークは形式知の中でも比較的抽象側、いわゆる「高い」位置にあります。
この「高い」位置にいるということが、フレームワークが有用であるために必要な条件なのです。

フレームワークは、広く弱く世界を照らす

形式知は、暗闇の世界を照らす懐中電灯のようなものです。

記録のような具体的な形式知は、世界を狭く強く照らします。一方で、フレームワークのような抽象度の高い形式知は、世界を広く弱く照らします。

記録のような抽象度の低い形式知は、世界を狭く強く照らします。
細かいところまでよく分かる代わりに、分かる範囲は限られています。

一方、フレームワークのような抽象度の高い形式知は、世界を広く弱く照らします。
具体的な部分は分かりづらいですが、全体像をつかむことができ、世界の多くを見ることができます。

フレームワークが有用である一つの理由は、たとえ具体的でなくとも、広い範囲の問題に適用できるからです。
例えば、会社全体の方針を決める時には、様々な分野から代表者が会議に出席します。
このとき、議論を成立させるために必要な形式知とは、専門家にしか分からない低い形式知ではなく、分野が違ってもみんなが理解できる高い形式知です。
こうした議論を支える共通言語として、フレームワークは極めて便利な存在なのです。


以上をまとめると、フレームワークとは、

  • 形式知の中でも抽象度の高い形式知である
  • 抽象度が高いおかげで、幅広い分野で使える
  • そのため、ビジネス会話における共通言語になっている

ということです。

いや、より正確には、「なっていた」というべきでしょう。

今や、旧来のフレームワークは重大なバグを抱えています。
フレームワークが捉えようとした世界自体が、「十年以上の時差」の間に変わってしまったからです。

この10年で世界は変わってしまった

この10年で世界は様変わりしました。

例えば、iPhoneの登場。
iPhoneの登場により我々は、インターネットによる生活の変化を実感しました。
分からなければGoogleですぐ調べればいい、LINEを使えば相手の既読も見れる、SNSなら周りの人の動静が24時間体制で分かる。
こうした技術が日常生活を変え、行動原理を変え、思想を変えました。

例えば、権威の弱体化。
リーマンショックをきっかけに、「正社員」という地位への信頼感は揺らぎました。同時に、様々な働き方への模索が行われました。
学校の先生も偉くなくなりました。「モンスターペアレント」という言葉も生まれ、親が先生に頭を下げる光景は大昔になりました。
テレビや新聞も支配的ではなくなりました。若い世代の視聴時間はYoutubeに奪われ、新聞の地位もWebメディアに奪われつつあります。

そして何より、価値観の多様化。
全ての人間が一つの価値観を共有しているという考えは幻想となり、それぞれの人間がそれぞれの楽しみ方をするようになりました。
ヒットソングは生まれにくくなりましたが、個々のライブは盛り上がっています。
結婚しなくても、子どもを作らなくても、車や家を買わなくても、十分幸せです。
「オカマ」が表立って馬鹿にされることも、少なくなりました。

正直、10年前の自分と会話が成り立つのか、自信が持てないほどです。

これほどまでに世界が変わってしまった時、「10年前に作られた」フレームワークは一体どうなるのでしょうか。

10年前のフレームワークは縮小せざるをえない

10年前の世界においては、フレームワークはそのほとんどを説明できていた、としよう。

例えば、10年前の世界では、フレームワークは世界のほとんどを説明できていたとしましょう。

でも、この10年で世界は大きく変わってしまいました。

10年にわたる社会変動の結果、フレームワークの射程が形骸化した図

こうなると、昔のフレームワークは過去の実力を失ってしまいます。

フレームワークが社会変動を受けて実力を低下させる。

フレームワークが説明できていた10年前の世界は、10年後にはほんの一部しか残っていません。
10年前では世界全体を説明できていたフレームワークも、今となってはごくわずかな、具体例レベルにしか適応できなくなってしまうのです。

昔のフレームワークを現代に適用しようとすると、重大なバグが発生する領域が大いに存在する。

この動きには注意しなければなりません。
昔のフレームワークを、それこそ「みんなが使っているから」などの理由で適用してしまうと、10年間で変わった部分で重大なバグが発生します。

これらのバグは、「この社会は10年間で何が変わったか」に注目することである程度推測することができます。
その部分を直せば、古いフレームワークでも使うことができるでしょう。

重大なバグは少なくとも3種類存在する

とはいえ、どの部分を直せばいいのか、一切の指針がないのは辛いことでしょう。
そこで、ここ10年の社会変化に基づく重大なバグを3種類ほど示します。
もちろん全てを網羅できているわけではありませんが、何かのとっかかりにはなるはずです。

1.階級差の減少

  • 組織構造に関するフレームワークは、このバグに十分注意してください

Webを通じたサービスやアプリが発達したことで、一昔前では部署1つ必要であった作業量を、たった1人で管理することも可能になっています。
また、多種多様な形での分業が進んだことで、「一つの会社で全て行う」形式から「一会社一プロダクト」のような形式へと組織構造が変化しています。

このような流れから言えることは、大企業のような巨大なピラミッド組織は崩壊するということです。
下からはプログラムによる人員削減の圧力がかかり、上からは組織分割という圧力がかかります。
さらに、新規参入企業はもともと階級差が少ないため、意思決定も迅速です。ある意味では「横からの圧力」と言えるでしょう。

こうした状況から、5~6階層あるような体制は瓦解し、1~4階層の体制へと移っていくでしょう。
大企業に親和的なフレームワークは、その意味で深刻なバグを抱えます。

例えば、トップダウンがいいかボトムアップがいいか、などの議論は徐々に意味をなくします。
階層が2の組織の場合、トップが社員と直接話し合えばいいので、トップダウンもボトムアップもありません。

また、「稟議」のシステムも使えなくなるでしょう。
実際の業務では、「稟議を通す暇があったら自分でさっさとやっちゃって」という局面が大幅に増加するでしょうから。
もしバグを直すとしたら、「部下からの報告をどう受けるか」という議論は、「アプリの通知設定をどうするか」という議論に置き換える必要があります。

2.利益主義の衰退

  • 利益や市場成長率、売上などが関係するフレームワークは、このバグに十分注意してください

「全ての会社は当然、利益を追求する」という前提は、価値観の多様性によって崩壊します。
そして今まで以上に、組織のビジョンが重要視される時代になります。

もちろん中には、利益を至上とするビジョンを掲げる組織もあるでしょう。
しかし多くの組織にとって「利益」は、自分たちのやりたいことを実現する上でクリアすべき、制約条件の一つにすぎなくなります。

たとえ利益を大幅に損なう行為であっても、ビジョンに適う行動ならば組織的に行うようになります。
こうした行為を投資家に納得させるため、「これは顧客の体験を増大させるので、長期的には利益になる」と説得することはあるかもしれません。
しかし実際の行動原理は利益ではなくビジョンですから、組織にとっては長期的利益が上がろうがなかろうが関係ないのです。

利益を至上主義としない組織or個人がフレームワークを用いる場合、フレームワークが利益至上主義の影響を受けていないかチェックする必要があります。
例えば、ファン満足度を高める行動を厳選したいときに、PPM(ポートフォリオマネジメント)をそのまま用いてはなりません。
「大幅に赤字だが、そのおかげでコアなファンがファンであり続ける行動」は、PPM上では「負け犬」に分類され削除対象になってしまいます。
この場合は、市場成長率や市場シェアなどの変数を、「支持しているファンのコア度」や「ブランドイメージとの関連性」などに変更し、各象限の意味合いを再検討すると良い結論が得られるでしょう。

3.測定神話の崩壊

  • 目標に対して指標を要求するフレームワークは、このバグに十分注意してください

全てを数字で測定できる、なんて思わないでください。

確かに、重厚長大な産業や人海戦術的な産業では、それぞれの工程の効率を数値で管理し、運用していくことは非常に重要です。
しかし、ここ10年で新たに開発された産業は、そのような「科学的管理法」が容易に適用できる産業ではありません。
プログラマーの生産性は数万倍の格差がありますし、クリエイティブ産業の生産性に至ってはその価値を測る指標すらままならないのです。

にもかかわらず、過剰に指標を要求するフレームワークを用いると、理想とは逆の方向に動いてしまいます。
例えば、顧客からの「愛」を測りたいからといって指標を無理に設定したとしましょう。愛は「自分たちへのサービスにかけてくれた時間」と「自分たちへのサービスにかけてくれたお金」で測れると定義し、一生懸命に数値改善を繰り返した結果、ファンはメンヘラのホスト狂いしか残らなくなります。
それは本当にその組織が求めたものでしょうか?

確かに我々は、正義より愛が大事だとか、愛より欲望が大事だとかの議論について、明確な結論を出すことはできないでしょう。
一方で、1は常に2より小さいし、2は常に3より小さいということは明確に分かってしまいます。
それゆえ、言葉による「あいまいな」議論に疲れたとき、大小関係がはっきりしている数字の魅力に惑わされてしまうのです。

もちろん、指標の設定が適切ならば構いません。
しかし、適切な指標というのは多くの場合存在しないのです。
自らの目指すものがその指標によって適切に表せるかどうか、表せないとしたらどんな場合なのかを常に考えましょう。
数字の持つ魅力や説得力に流されないためには、あくまで言語による感覚が主人である、と自分に念じるのもいいかもしれません。

KPI、KGI。お前らのことだぞ。

【予告】次世代のフレームワークは?

さて、先に述べた3種類のバグを改善することで、現代においてもフレームワークを再利用することができると述べました。

しかしこれらのバグ改善は、あくまで変数を置き換えるなどの作業でしかなく、元のフレームワークから抽象度を上げる効果はないのです。

つまり、10年前に存在していたような「大きなフレームワーク」は、まだ存在していないということになります。
これでは、分野を横断した面白いコラボとかが作れません。
価値観が多様化することはいいことですが、共通言語がないのは困るのです。

ひょっとしたら今頃、マッキンゼーだかBCGだかが作っているかもしれません。
しかし、それが我々の元に届くのは10年後であり、その頃にはもう使えなくなっているのです。

なんかそれって、あんまりじゃないですか!10年も待てませんよ!
せっかくインターネットで全世界に発信できるのに、それらを秘匿しておくなんて!
確かにそうすることでご飯を食べている人もいるのは分かるけど、分野間のコラボが盛り上がったらもっとご飯を食べられるんじゃないですか…!

あ、私がこの場で作って発表しちゃえば、多少の貢献にはなるのか

ということで、次の記事は「大きなフレームワーク」を発表します。
「東大式目標達成フレームワーク:ACTIUM」(9/10 9/15公開予定)にご期待ください!